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Case Study

382社の統合報告書と企業の動きから読み解く、「カスハラ」のモメンタム

スーパーのレジ、駅の窓口、ホテルのフロント。最近、「カスタマーハラスメントへの対応方針」や、従業員への迷惑行為を控えるよう呼びかける掲示を目にする機会が増えています。

こうした掲示は、カスハラ対策が一部の企業だけの対応ではなく、社会全体で共有される課題になりつつあることを感じさせます。
企業側でも、その扱いは変わっています。

サステナブル・ラボによる382社の統合報告書分析では、「カスタマーハラスメント」に言及する企業が2024年の16社から2025年には59社へ増加しました。

ただし、企業の動きを詳しく追うと、対応が始まったのは2025年からではありませんでした。

サステナブル・ラボでは2024年から、統合報告書で使われる言葉の変化から企業の経営トレンドを捉える「モメンタム・キーワード大賞」を発表しています。毎年、国内企業の統合報告書を対象にテキスト分析を行い、使用する企業が増えている言葉や、その背景にある経営課題の変化を追っています。

今回、その分析の中でも特に増加が目立った「カスタマーハラスメント」に着目しました。382社の統合報告書を確認すると、カスハラに言及する企業は2024年の16社から、2025年には59社へ増加していました。

さらに各社の動きを調べてみると、2025年の統合報告書で初めてカスハラに言及した企業の中にも、実際には2024年中から方針策定や研修などを始めていた企業が少なくありませんでした。

つまり、統合報告書上では2025年に急増して見える一方で、企業の対応そのものは、それより前から進んでいたことになります。

そこで本記事では、統合報告書のテキスト分析だけでなく、企業の方針策定時期や業界団体、行政の動きにも範囲を広げ、カスハラ対応がどのように企業へ広がっていったのかを見ていきます。


モメンタム・キーワード大賞とは?

サステナブル・ラボでは2024年から、統合報告書で使われる言葉の変化から企業の経営トレンドを捉える「モメンタム・キーワード大賞」を発表しています。

2026年版では、TOPIX500構成企業のうち2024年・2025年の両年で統合報告書を確認できた382社、約5,000万語を分析。単純な出現回数だけでなく、その言葉を使う企業がどれだけ増えたかにも着目しています。

今回取り上げる「カスタマーハラスメント」は、その中でも2025年に使用企業数が大きく増えたキーワードの一つです。

モメンタム・キーワード大賞2026の分析方法やランキングの詳細は、こちらからご確認ください。
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「カスハラ」に言及する企業が急増

2024年の統合報告書で「カスタマーハラスメント」に言及していた企業は16社でしたが、2025年には59社まで増えています。

分析対象382社に占める割合では4.2%から15.4%への上昇し、出現回数も41回から152回へ増えました。

まず注目したいのは、1社あたりの出現回数がほとんど変わっていない点です。2024年、2025年ともに1社あたり約2.6回でした。

つまり、すでにカスハラというキーワードの記載量が大幅に増えたというより、統合報告書でカスハラに言及する企業自体が増えたことが今回のモメンタムの中心です。

次は、どの業種から広がったのかを紐解いていきます。

 


2024年は鉄道が先行、2025年には小売・通信・金融へ

企業数だけを比較すると、そもそものTOPIX500構成企業の382社の中で、多い業種の企業ほど上位に出やすくなります。そこで、各業種の対象企業数を分母として、カスハラに言及した企業の割合を確認しました。

2024年に目立ったのが陸運業です。今回の分析対象382社のうち、陸運業に分類される企業は23社あり、そのうち6社、26.1%がカスハラに言及していました。

一方、全382社で見ると、2024年にカスハラへ言及していた企業は16社、4.2%でした。

このことから、陸運業では他業種に比べて比較的早い段階から、統合報告書上でカスハラ対応が取り上げられていたことが分かります。

2025年には、さらに複数の業種へ広がりました。

小売業は24社中12社で50.0%、陸運業は23社中10社で43.5%、情報・通信業は21社中9社で42.9%です。

銀行業も、2024年には該当企業がありませんでしたが、2025年には25社中6社まで増えました。

2024年は鉄道など一部の業種が先行し、2025年には小売、通信、金融などでも言及が増えた、というモメンタムが確認できます。

ただし、ここで「2025年になって多くの企業が初めてカスハラ対策を始めた」と解釈すると、実態とは少しずれます。


2025年から言及し始めた企業の3分の1超は、すでに2024年から動いていた

2025年の統合報告書で初めてカスハラに言及した企業は47社ありました。

その47社について、統合報告書や各社の公式発表から方針策定・研修などの実施時期を確認したところ、少なくとも17社、36.2%は2024年中にすでに対応を始めていました。

たとえば、2025年の統合報告書で初めてカスハラに言及した企業の中では、ANAとJALが2024年6月に共同で方針を策定。KDDIは7月、東急は8月、マツキヨココカラ&カンパニーは9月に、それぞれカスハラへの対応方針を策定しています。

つまり、企業の対応が2024年夏以降から年末にかけて増え、その内容が2025年の統合報告書に反映された、というタイムラグがあります。

 

統合報告書はリアルタイムの情報媒体ではありません。年後半に新しい方針を策定しても、その年の報告書には制作スケジュール上、反映されないことも多々あります。

そのため、統合報告書で初めて言及された年と、企業が実際に対応を始めた時期は分けて考える必要があります。

今回の分析では、この違いを確認したことで、「2025年に急増した」という統合報告書のモメンタムとだけでは見えなかった企業の動きが分かりました。


法的義務化を待たず、先行企業は対応を進めていた

企業や業界、行政の動きを時系列で見ると、この点が明らかになります。

厚生労働省は2022年2月に「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を公表し、基本方針の明確化、相談体制、対応方法・手順、教育・研修など、企業が取り得る対策を整理していました。

鉄道業界では、日本民営鉄道協会が2023年12月に業界としての基本方針を策定しています。(民営鉄道業界におけるカスタマーハラスメントに対する 基本方針作成について)

2024年になると、鉄道だけでなく航空、小売、通信などでも個社の方針策定が増えていきます。

東京都では2024年10月にカスハラ防止条例が成立し、2025年4月に施行されました。国では2025年6月に改正法が公布され、2026年10月1日から事業主の防止措置が義務となりました。

このように時系列を観察することで、法律で義務化されることが決まったため、一斉に企業が動き始めた、というモメンタムではないことが分かります。

企業・業界での自主的な対応と、自治体や国による制度整備が並行して進み、数年かけて企業に求められる対応として定着していったと見る方が実態に近いでしょう。

特に鉄道では、2023年末にすでに業界共通の方針が示されていたことは、今回の分析で2024年時点から陸運業の言及率が高かったこととも整合します。


「方針を策定した」から、マニュアルや研修へ

次は、企業がどのようなカスハラ対策を統合報告書に記載しているのかを確認しました。

厚生労働省や東京都が示すカスハラ対策では、基本方針の明確化だけでなく、相談体制、マニュアル、教育・研修、被害者への配慮、継続的な見直しなどが挙げられています。

2024年の先行16社と、2025年に初めてカスハラに言及した47社を比較すると、「基本方針」や「対応姿勢」を示す企業はいずれの年にも多く見られました。

一方、より具体的な対策では違いが見られます。

マニュアルや対応手順に触れていた企業は、2024年先行組の6.3%に対して、2025年新規組では19.1%。

教育・研修は6.3%から23.4%でした。

また、相談体制、マニュアル、教育・研修、被害者へのケアのいずれかが確認できた企業は、2024年先行組では31.3%、2025年新規組では46.8%でした。

マツキヨココカラ&カンパニーでは、マニュアルの運用、継続的な研修、基本方針、相談窓口が記載されています。

九州フィナンシャルグループでも、対応方針に加え、カスハラ発生時の判断・対応や役職員への教育、被害を受けた役職員へのケアまで説明されています。

2024年の段階ですでに具体的な対応を進めていた企業もありますが、全体として見ると、2025年には方針の策定だけでなく、現場で運用するための仕組みまで説明する企業が増えたと考えられます。


「顧客への対応」だけではなく、「従業員を守るための対応」へ

企業がカスハラをどのような経営課題として扱っているかも確認してみました。

特に2024年の先行企業では、「人権」「安心して働ける環境」「従業員の安全」と結び付けた記述が目立ちます。16社のうち12社、75.0%で、人権または従業員保護・健康安全に関する文脈が確認されました。

例えば、阪急阪神ホールディングスでは、人権侵害相談等の対象にカスタマーハラスメントを含めています。また、NTTでは、カスタマーハラスメント行為から従業員を守るという考え方のもと、対応方針を示しています。

さらに2025年になると、カスハラを人権アセスメントやリスク管理など、より広い経営管理の枠組みと関連付ける企業も確認されました。

ソフトバンクでは、「人権アセスメント」「リスクマネジメント」「就業環境」との関係でカスハラを扱っています。東急でも、「重要人権リスク」の文脈でカスハラ対応を位置付けています。

一般には、カスハラは接客やクレーム対応の問題として捉えられがちです。

しかし統合報告書では、従業員という重要なステークホルダーの人権や心身の健康、安全な就業環境をどう確保するかという観点から説明する企業が少なくありません。

顧客との関係を維持することと、従業員を守ること。その両方を企業としてどう管理するかが、経営上の論点になってきたと考えられます。


投資家との対話でも、カスハラが論点に

こうした変化は、企業の開示だけでなく、投資家との対話にも表れ始めています。

三井住友DSアセットマネジメントは、小田急電鉄との人権をテーマとしたエンゲージメント事例で、人権方針の策定や、従業員・顧客・調達サプライチェーンなどに関する施策やKPIについて対話を進めています。中でも興味深いのが、「カスタマーハラスメント対応と離職率・人的資本の蓄積との関係性」も確認していくとしている点です。小田急電鉄では、2024年度にカスハラ対応方針の策定やガイドラインの運用開始なども進みました。
出典:三井住友DSアセットマネジメント「2024年度のエンゲージメント活動実績について」

カスハラへの対応が、顧客対応のルールだけではなく、従業員の定着や人的資本の蓄積とどのようにつながるのか。少なくとも一部の機関投資家との対話では、こうした観点からカスハラを捉える動きも出てきています。


2026年以降は、「対策の有無」より「実際に機能しているか」が問われる?

2026年10月から、企業にはカスハラ防止措置が義務付けられました。

今後、基本方針や相談窓口を設けること自体は、多くの企業にとって共通の対応になっていくと考えられます。

そうなると、開示で違いが出てくるのは、制度を整備したかどうかではなく、その制度がどのように運用されているかかもしれません。

たとえば今後、次のようなKPIが開示される可能性があります。

  • カスハラに関する相談・通報件数
  • カスハラとして把握・認定された事案数
  • 被害を受けた従業員数
  • ケア・支援につながった人数や割合
  • 事案への対応完了率や対応期間
  • 研修受講率
  • 再発件数や再発防止策の実施状況

なかでも、相談件数は扱いに注意が必要です。

相談が少ない企業ほど問題が少ないとは限りません。相談窓口の存在が十分に知られているか、従業員が安心して相談できるかによっても件数は変わります。

人権分野のグリーバンスメカニズムと同様に、件数だけでなく、相談後に適切な対応が行われたか、必要なケアや救済につながったか、同様の事案を防ぐための改善が行われたか…まで確認することが重要になります。

今回の統合報告書分析では、被害者へのケアや継続的な見直しまで具体的に開示している企業は、まだ限られていました。

2026年以降、こうした運用結果まで開示する企業が増えるのか。

「カスハラ」というキーワードそのものの増減だけでなく、その周辺にどのようなKPIや説明が増えていくかにも注目したいところです。


「カスハラ」という言葉のモメンタムから、企業対応の変化までを見る

今回の分析では、統合報告書で「カスタマーハラスメント」に言及する企業が16社から59社へ増えたことが出発点でした。

そこから各企業の動きを確認すると、2025年に初めて開示した企業の中にも、2024年後半から対応を始めていた企業が多くありました。

さらに、業界ごとの違い、方針から研修・マニュアルへの具体化、人権や従業員保護との関係、行政や業界団体の動きまで重ねることで、単純なキーワード増加とは違う変化が見えてきます。

モメンタム・キーワード大賞で重視しているのも、まさにこの点です。

言葉(キーワード)が増えたという事実だけで終わらせず、その言葉が増えた背景で企業の行動や経営課題がどう変わっているのかを見る。

「カスハラ」は、2024年から2025年にかけて、その変化が比較的はっきり確認できたテーマであると感じています。

そして2026年以降は、方針や体制を整える段階から、それらが実際に機能しているかを示す段階へ進むのか。次の統合報告書でどのような開示が増えるのか、引き続き追っていきたいと思います。


注記

本記事の統合報告書分析は、TOPIX500構成企業のうち2024年・2025年の両年で統合報告書の発行を確認できた382社を対象としています。
また、各社の取り組み内容は、対象となる統合報告書に記載されたテキストをもとに整理しています。
統合報告書の発行後に開始・拡充された取り組みや、コーポレートサイト、サステナビリティレポート、社内規程等の他媒体で開示・実施されている取り組みは反映されていない場合があります。
本記事で社名が登場しない企業についても、カスタマーハラスメント対策を実施していないことを意味するものではありません。


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