年末になると、その年を象徴する「流行語大賞」が巷を賑わせます。
では、サステナビリティ領域における「流行語」とは、いったい何だろうか。
そんな素朴な問いから、この企画の構想は始まりました。
ただ、少し考えてみると、サステナビリティに関するテーマは、数カ月で移り変わるような「流行」とは少し性質が異なります。気候変動、人的資本、人権、自然資本など、企業が中長期の時間軸で向き合うテーマが多く、その言葉もまた、数年をかけて企業の経営や情報開示の中に広がっていきます。
それなら、「流行」ではなく、その言葉が持つ勢いや広がり、すなわち「モメンタム」を捉える方が適切なのではないか。
そんな思いつきと試行錯誤から生まれたのが、サステナブル・ラボの「モメンタム・キーワード大賞」です。
統合報告書に使われている膨大な言葉をデータとして捉え、どのようなキーワードの存在感が高まっているのかを継続的に観察することで、日本企業の経営や情報開示の変化を読み解いていきます。
モメンタム・キーワード大賞とは
「SDGs」「人的資本」「TNFD」「SSBJ」。
統合報告書に目を落とすと、ある時期を境に、多くの企業が共通して使い始める言葉があります。

もちろん、それぞれの言葉が広がる背景は異なります。社会的な関心の高まりによるものもあれば、新たな制度や開示基準の登場、投資家からの要請、企業自身の経営課題の変化などを背景とするものもあります。
モメンタム・キーワード大賞は、こうした「企業が使う言葉の変化」を大量の統合報告書からデータで捉え、日本企業の経営や情報開示の潮流を読み解く取り組みです。
根底にある問いは、シンプルです。
「企業は、どのような言葉を使ってステークホルダーと対話しようとしているのか?」
一社の統合報告書だけを読んでいては気付きにくい変化も、数百社を横断し、さらに前年と比較することで、一つの「潮流」として見えてきます。
なぜ「統合報告書の言葉」を見るのか
統合報告書には、財務情報だけでなく、経営戦略、サステナビリティ、人的資本、ガバナンス、リスク、資本政策など、企業経営に関する幅広い情報が掲載されています。
また、単なる制度対応のための開示媒体ではなく、企業が投資家をはじめとするステークホルダーに対して、
- 自社がどのような環境変化を認識しているのか
- どのような課題を重要だと考えているのか
- どのような戦略で価値を生み出そうとしているのか
を説明する重要なコミュニケーションツールでもあります。
だからこそ、数百社の統合報告書で「どの言葉が増えたのか」を横断的に見ると、日本企業全体の問題意識の変化が浮かび上がってきます。
一社だけを読んでいては気付きにくい変化も、数百社を並べ、前年と比較することで「潮流」として捉えることができます。
数百社・2年分の統合報告書を比較する
モメンタム・キーワード大賞では、毎年、同じ企業群の2年分の統合報告書を集め、その中で使われる言葉の変化を追っています。
2025年版では、時価総額上位500社のうち、2023年・2024年の両年で統合報告書を確認できた315社を分析。2026年版では対象をTOPIX500とし、2024年・2025年の両年で確認できた382社まで対象を広げました。2026年版で扱ったテキスト量は、約5,000万語です。
分析では、統合報告書からテキストを抽出し、形態素解析などを行ったうえで、名詞1語または2語からなるフレーズを拾っていきます。そのうえでノイズを取り除きながら、前年と比べて「その言葉が何回使われるようになったのか」「使う企業がどれだけ増えたのか」を前年と比較します。
ただし、数字だけを見てランキングをつくって終わり、というわけではありません。特徴的なキーワードについては、実際にどの企業が、どのような文脈で使っているのか、という点も確認しています。
たとえば、同じ「人件費」という言葉でも、人的資本への投資として語る企業もあれば、コスト上昇のリスクとして語る企業もあります。こうした使われ方の違いも見ながら、「なぜこの言葉が増えているのか」「その背景にどんな外部環境や、経営課題の変化があるのか」を考えていくのが、モメンタム・キーワード大賞の分析です。
「よく使われる言葉」と「広がっている言葉」は違う
モメンタム・キーワード大賞では、キーワードの動きを大きく2つの観点から見ています。ひとつは、前年より出現回数が増えた言葉を見る「Now 頻出!もはや定番ワード部門」。もうひとつは、使用する企業数が増えた言葉を見る「Next 急上昇中!トレンドワード部門」です。
同じ「増えた言葉」でも、その意味は少し違います。すでに多くの企業で使われている言葉が、より詳しく語られるようになって出現回数を伸ばすこともあれば、これまで一部の企業でしか使われていなかった言葉が、短期間で多くの企業へ広がることもあります。
つまり、「何回使われたか」と「何社が使ったか」は、似ているようで見ているものが違います。
前者からは、そのテーマについて各社がどれだけ多く語るようになったかを、後者からは、その言葉がどれだけ企業の間に広がり始めているかを捉えることができます。
モメンタム・キーワード大賞では、この2つを分けて見ることで、それぞれのキーワードがいまどのような広がり方をしているのかを読み取っています。
例えば、「気候変動」の次に何が来ているのか
実際に複数年のデータを並べると、企業の関心領域が変化していく様子が見えてきます。
環境領域では、気候変動やGHG排出量に関する開示が広く定着する一方、2025年から2026年にかけて「TNFD」「自然資本」「LEAP」「ENCORE」など、自然資本・生物多様性に関する言葉の存在感が高まりました。
これは、企業が気候変動への対応をやめたという意味ではありません。
むしろ、気候関連開示が一定程度標準化したことで、企業の次の関心が自然資本へ広がり始めたと見ることができます。
人的資本でも同様です。
2025年には「人的資本」「賃上げ」「DE&I」などが目立ちましたが、2026年には「人件費」「カスタマーハラスメント」「エンゲージメントスコア」などが存在感を高めています。
抽象的な「人的資本経営」という概念から、投資額、従業員保護、定量的なモニタリングといった、より具体的な経営実務へと議論が進んでいる可能性があります。
財務領域でも、ROEやPBRといった指標そのものが広く使われるようになった後に、「資本効率」「キャッシュアロケーション」「TSR」「DOE」など、資本効率向上の具体策に関する言葉が増えています。
このように、キーワードを継続して追うことで、「何が重要か」だけでなく、「議論がどの段階まで進んでいるのか」も見えてきます。
増えていない言葉にも意味がある
モメンタム・キーワードを見るうえで注意したいのは、出現回数や使用社数が増えていないからといって、そのテーマの重要性が下がったとは限らないことです。
例えば、すでにほとんどの企業が使用している言葉は、それ以上使用社数が大きく増える余地がありません。
逆に、一時期大きく注目された言葉が、企業経営の中に定着する過程で、あえて強調されなくなることもあります。
また、同じテーマであっても、企業の理解や実装が進むにつれて使われる言葉そのものが変わる場合もあります。
そこで2026年からは、キーワードの増減だけでなく、そのテーマが企業の開示・経営実装のどの段階にあるのかを見るため、独自の分析フレームワーク「モメンタム・サイクル」も導入しています。
キーワードを、
萌芽期 → 期待ピーク期 → 深化・再定義期 → 実装・浸透期 → 価値創造・標準期
の5段階で捉えることで、「増えている/減っている」だけでは説明できない変化も読み解いていきます。
モメンタム・サイクルについては、別の記事で詳しくご紹介します。
モメンタム・キーワードは「正解集」にあらず
ここでひとつ、誤解のないようにしておきたいことがあります。モメンタム・キーワード大賞は、ランキング上位の言葉を統合報告書に取り入れることを勧める企画ではありません。各社が同じ言葉を追いかけてしまえば、かえって開示は似通ったものになってしまいます。
私たちが見てほしいのは、言葉そのものよりも、その言葉が増えている背景です。
なぜ今、このテーマへの言及が増えているのか。そこにはどのような制度変更や社会環境、投資家との対話、経営課題の変化があるのか。そして、その変化は自社にとっても重要なのか。そうしたことを考えるきっかけとして、モメンタム・キーワードを使っていただきたいと考えています。
モメンタム・キーワードは、未来の経営課題やKPIを考えるための「兆し」の一つです。
その兆しをそのまま取り入れるのではなく、自社の戦略や課題と照らし合わせながら、これから何を考え、何を伝えていくべきかを検討する。モメンタム・キーワード大賞は、そのための材料のひとつでありたいと考えています。
統合報告書を、日本企業の経営トレンドを映すデータとして読む
一冊の統合報告書を読めば、一社の経営を知ることができます。
一方、数百社の統合報告書を横断し、さらに毎年その変化を追い続ければ、日本企業全体が何を課題として捉え、どこへ向かおうとしているのかを観察することができます。
モメンタム・キーワード大賞が目指しているのは、まさにその定点観測です。
企業が何を語り始めたのか。
何が当たり前の言葉になったのか。
そして、次にどのテーマが経営の中心へ入ってくるのか。
統合報告書に蓄積された膨大な「言葉」から、日本企業の経営トレンドを読み解いていきます。
本シリーズでは今後、モメンタム・キーワード大賞の分析方法やランキングの見方、個別キーワードの変化およびその背景、企業ごとの具体的な開示事例、そして「モメンタム・サイクル」について、データをもとに詳しく掘り下げていきます。






