企業のサステナビリティに関する取り組みが広がるなか、「社会インパクト」という言葉を目にする機会が増えています。
自社の製品・サービスは、社会にどのような価値を生み出しているのか。人的資本や環境への取り組みは、従業員や地域社会にどのような変化をもたらしているのか。
こうした問いに向き合う際に重要になるのが、企業活動によって社会や環境に生じる変化を捉える「社会インパクト」という考え方です。
一方で、社会インパクトは「社会貢献活動の成果」や「サステナビリティのKPI」と同じものとして捉えられることも少なくありません。
本記事では、社会インパクトとは何か、企業活動とどのようにつながるのかについて、初めて触れる方にも分かりやすく解説します。
社会インパクトとは
社会インパクトは、簡潔に言えば、企業や組織の活動を起点として、社会や環境、そこに暮らす人々に生じる変化や影響を指します。
たとえば、ある企業が健康に関する製品を販売しているとします。
「100万台の製品を製造・販売した」という実績は、その企業によって直接生み出された重要な成果です。しかし、社会インパクトを考える場合には、その一歩先を見ます。
たとえば、その製品を使用することで健康状態の維持・改善につながるとすれば、健康な状態で働き続けられることによる生産性の維持・向上や、家族の介護負担の軽減、社会参加の促進といった経済的・社会的な効果も考えられます。また、疾病の発症や重症化を抑えることができれば、結果として医療費や介護費などの社会的コストの抑制につながる可能性もあります。
つまり、「企業が何をしたか」だけでなく、その活動によって「社会にどのような変化が生まれたか」まで捉えるのが、社会インパクトの考え方です。
「インパクト」という考え方は、いつから使われているのか
「社会インパクト」という言葉は近年注目されるようになりましたが、「事業や活動が社会にどのような影響を与えるのかを評価する」という考え方自体は新しいものではありません。
そのルーツの一つは1970年代にあります。米国では、環境影響評価の広がりとともに、大規模な開発事業などが地域社会や人々の暮らしに与える影響を評価する「Social Impact Assessment(社会影響評価)」が発展しました。
大きな転換点となったのが2000年代後半です。2007年には「Impact Investing(インパクト投資)」という言葉が生まれ、財務リターンだけでなく、社会・環境へのポジティブな成果も投資の目的として捉える動きが広がりました。その後、GIINやIRISなど、インパクトを測定・管理するための仕組みの整備も進んでいます。
さらに近年では、インパクトの考え方は投資の世界にとどまりません。企業自身が、人や社会、自然環境にどのような影響を与えているのかを把握し、経営や情報開示に活用する動きへと広がっています。
特に欧州では、企業価値への影響だけでなく、企業が社会・環境に与える影響も捉える「ダブルマテリアリティ」の考え方がサステナビリティ開示に組み込まれています。
このように、社会インパクトは一時的な流行として登場した概念ではなく、「企業や事業が社会に与える影響を捉える」という考え方が、評価、投資、そして企業経営へと発展してきたものと捉えることができます。
企業活動から社会インパクトまでを整理する「ロジックモデル」
企業の活動が、どのような過程を経て社会インパクトにつながるのかを整理する際によく使われるのが、「ロジックモデル」という考え方です。
ロジックモデルでは、企業が投入する資源や実施する活動から、直接的な成果、その先に生じる人や社会の変化までを、一連の流れとして整理します。一般的には、次のような構造で表されます。
インプット → 活動 → アウトプット → アウトカム → インパクト
このなかで、社会インパクトを理解するうえで特に重要なのが、「アウトプット」と「アウトカム」の違いです。
たとえば、地域で水・衛生環境を改善するプロジェクトを考えてみましょう。
井戸や衛生設備を整備した数、衛生教育イベントを開催した回数、参加した人数などは、その活動によって直接生み出された「アウトプット」にあたります。
一方、その結果として、安全な水を利用できる人が増えた、手洗いが習慣化した、衛生環境が改善した、といった人々や社会の変化は「アウトカム」として整理できます。
さらにその先には、疾病リスクの低減やQOL(生活の質)の向上、医療・介護負担の軽減など、より広い社会的な変化への変化が生まれる可能性があります。
つまり、社会インパクトを考えるということは、単に「何を実施したか」を把握するだけでなく、企業の活動がどのような変化を生み、その変化がさらにどのような社会的価値へつながっていくのかを整理することでもあります。
ここでは水・衛生環境を改善するプロジェクトを例にしましたが、こうした考え方は、社会貢献活動に限らず、企業の本業や日々の事業活動にも当てはまります。製品・サービスの提供、雇用、調達、生産活動なども、それぞれ社会や環境へのさまざまな変化につながっているためです。
社会インパクトは、本業を含む企業活動全体から生まれる
ロジックモデルで整理できるのは、寄付やボランティア、地域貢献活動といった、いわゆる「社会貢献活動」だけではありません。
企業は、本業を通じても社会や環境とさまざまな接点を持っています。製品・サービスそのものが人々の健康や暮らしに与える影響、事業活動によって生じる環境負荷、従業員への賃金や雇用機会、地域における雇用創出など、企業活動のさまざまな場面から社会インパクトは生じています。
たとえば、製造業であれば、GHG排出量や水使用量などの環境負荷があり、その先には気候変動への寄与や地域の水資源への影響が考えられます。ヘルスケア企業であれば、製品やサービスを通じた健康状態やQOLの変化、人材を多く雇用する企業であれば、従業員のウェルビーイングや地域雇用への影響も考えられます。
このように、社会インパクトは特定の「社会貢献事業」だけではなく、本業を含む企業活動全体と関わる概念として捉えることができます。
企業と社会・環境の関係は、双方向かつ多面的である
企業と社会・環境の関係を考える際には、影響がどちらの方向に生じているのかを分けて捉えることが重要です。
一つは、気候変動や社会課題などが、企業の業績や事業活動に与える影響です。もう一つは、ここまで見てきたように、企業の事業活動が社会や環境に与える影響です。
たとえば脱炭素への取り組みでは、エネルギー価格の変動や規制強化が企業のコストや事業機会に影響する一方で、企業自身のGHG排出は、気候変動を通じて社会や環境に影響を与えます。
そして、企業が社会や環境に与える影響は、必ずしもポジティブなものだけではありません。製品・サービスによって人々の生活が便利になったり、健康状態の改善につながったりすることもあれば、製造過程でGHGを排出したり、水資源を使用したり、労働環境や人権の面で課題を生じさせたりする可能性もあります。
そのため、社会インパクトを検討する際には、企業にとって都合のよい成果だけを切り取るのではなく、どのステークホルダーに、どのようなポジティブ/ネガティブな影響が生じているのかを幅広く捉えることが重要です。
社会インパクトとは、「社会に良いこと」を指す言葉だけではなく、企業活動が社会や環境に与える影響を、多面的に捉えるための考え方だといえます。
社会インパクトは、どこまで定量化・貨幣価値化できるのか
社会インパクトを可視化する方法の一つに、社会や環境への影響を金額に換算する「貨幣価値化」があります。
貨幣価値という共通の尺度に置き換えることで、異なる種類のインパクトを比較したり、財務情報と並べて捉えたりしやすくなる点は、大きな特徴です。
実際に海外では、企業活動から生じる環境・社会へのインパクトを貨幣価値化し、財務的な利益とあわせて示す企業もあります。
一方で、すべての社会インパクトを同じように貨幣価値化できるわけではありません。
たとえば、GHG排出量のように物理量を把握しやすく、貨幣換算に用いる係数や方法論が比較的整備されている領域では、一定の前提を置いて貨幣価値化することが可能です。
これに対して、製品やサービスが人々の健康に与える影響を評価する場合には、状況がより複雑になります。
製品の利用によって行動が変わり、健康状態が改善し、疾病の発症や重症化が抑制され、その結果として医療費が減少する。
こうした経路には、多くの変数や外部要因が介在します。
そのため、十分なデータやエビデンスがない状態で最終的な医療費削減額まで算出すると、多くの仮定を置くことになり、結果の解釈には注意が必要です。
こうした場合には、無理に一つの金額へ集約するのではなく、健康状態の改善、受診率や治療継続率、QOL、QOL、製品・サービスを通じて一定の便益を受けた人の数など、ロジックモデル上のアウトカムやインパクトに関連する指標を定量的に捉える方法も考えられます。
貨幣価値化まで行わなくても、こうした指標を継続的に把握することで、どの取り組みが社会的な成果につながっているのかを確認し、施策の改善やKPI設定、経営資源の配分などの意思決定に活用することができます。
重要なのは、貨幣価値化すること自体を目的とするのではなく、評価したいインパクトの特性や利用可能なデータ、評価結果の活用目的に応じて、適切な可視化方法を選択することです。
まずは「自社の活動の先に何が起きているか」を考える
社会インパクトの可視化を始める際、まず必要なのは、新たな指標を増やしたり、いきなり貨幣価値化したりすることではありません。
「自社はどのような活動を行っているのか」
「その結果、誰にどのような変化が生じているのか」
「その変化は、どのような社会的価値につながり得るのか」
を、既存の事業活動やKPIと照らし合わせながら整理することが出発点となります。
すでに保有しているKPIやESGデータを、これまで紹介したロジックモデルに沿って整理することで、どこまで社会への変化を捉えられているのか、どこに指標やデータの不足があるのかも見えやすくなります。
そのうえで、必要に応じてアウトカム指標の追加や外部データの活用、さらには定量化・貨幣価値化の可能性を検討していくことができます。
社会インパクトの可視化は、社会への貢献を示すためだけの取り組みではありません。自社の事業活動と社会の変化とのつながりを整理し、施策やKPIを見直すための材料を得ることにも意味があります。
こうした整理は、事業戦略や情報開示、ステークホルダーとの対話を考えるうえでの土台にもなります。
次回は、「なぜ今、企業に社会インパクトの可視化が求められているのか」について、サステナビリティ経営や情報開示、投資家との対話などの観点から解説します。







