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Case Study

シリーズ:非財務データを企業価値につなぐ Vol.3
XAIによる財務・非財務データ分析は、従来型の統計分析と何が違うのか?

前回の記事では、なぜ統合報告書において財務情報と非財務情報のコネクティビティが重要になっているのかを整理しました。

企業価値は、売上や利益といった財務指標だけで形づくられるものではありません。人的資本、知的資本、自然資本、社会・関係資本といった非財務資本が、どのように事業活動を支え、将来の収益力や資本効率と関係し得るのか。その関係性を説明することが、統合報告書における価値創造ストーリーの中核になりつつあります。 その関係性を説明することが、統合報告書における価値創造ストーリーの中核になりつつあります。

では、その「財務と非財務のつながり」は、どのように定量的に可視化できるのでしょうか。

財務・非財務データ分析には、従来から統計分析を用いたアプローチがあります。一方で、近年はAI・機械学習モデルを活用し、より複雑な関係性を捉えようとするアプローチも広がっています。

本記事では、財務・非財務データ分析における従来型の統計分析、とりわけ重回帰分析モデルの意義を踏まえたうえで、AI・機械学習モデルを用いた分析が何を補完し、どのような価値を提供できるのかを整理します。


非財務情報を「企業価値」と結びつける試み

人的資本、気候変動、ダイバーシティ、サプライチェーン、人権、地域社会との関係、⋯⋯。企業が向き合うサステナビリティ領域は広がり続けています。
それに伴い、統合報告書や有価証券報告書では、非財務情報を単に開示するだけでなく、「それが企業価値とどのように関係し得るのか」を説明することが求められるようになりました。
この流れのなかで、非財務情報と財務指標の関係性を定量的に示そうとする取り組みは、これまでも進められてきました。特に、重回帰分析モデルを用いて、人的資本や知的資本、社会関係資本などの非財務資本と、財務指標や市場評価との関係性を検証する手法は、財務・非財務のコネクティビティを議論するうえで重要です。
非財務情報は、長らく「定性的に語るもの」「財務とは別に開示するもの」と見なされがちでした。そのなかで、非財務資本を企業価値と結びつけ、定量的に説明しようとする取り組みは、統合報告や人的資本経営の議論を一歩前に進めたものだといえます。
一方で、財務・非財務データの関係性をより精緻に捉えようとすると、標準的な線形モデルだけでは表現しにくい領域が見えてきます。


重回帰分析モデルが果たしてきた役割

重回帰分析は、複数の説明変数が目的変数にどの程度影響しているかを把握するための代表的な統計手法です。

たとえば、女性管理職比率、研究開発費、従業員エンゲージメント、温室効果ガス排出量などの非財務指標が、財務指標とどのような関係にあるのかを確認する際に活用されます。

このアプローチの強みは、構造が比較的シンプルで、結果を説明しやすい点にあります。どの変数がプラスに働いているのか、どの変数がマイナスに働いているのかを整理しやすく、経営層や投資家との対話にも活用しやすいというメリットがあります。

また、統計的有意性という考え方を用いることで、「単なる印象論ではなく、データ上も一定の関係が確認される」という説明が可能になります。非財務情報の重要性を財務の言葉で語るうえで、重回帰分析モデルは大きな役割を果たしてきました。

しかし、財務・非財務の関係性は本来、必ずしも直線的で単純なものではありません。ここに、従来型の統計分析だけでは捉えにくい難しさがあります。 


財務・非財務の関係は、必ずしも直線的ではない

重回帰分析モデルは、標準的な使い方では、説明変数と目的変数の関係を線形、つまり直線的な関係として捉える手法です(もちろん、非線形項や交互作用項など発展的な設計により複雑な関係性を一定程度扱うことも可能ですが、制約もあり、モデル設計や解釈の難度が高まります)。

簡単に言えば、「ある非財務KPIが上がると、財務KPIも一定の割合で上がる」という前提に近い考え方です。
しかし、現実の企業経営では、非財務指標の影響はそれほど単純ではありません。

たとえば、女性管理職比率の向上は、意思決定の多様性や人材活用の高度化を通じて、企業価値と関係し得る要素の一つと考えられます。 一方で、「比率を上げれば上げるほど、財務指標が際限なく改善し続ける」と考えるのは現実的ではありません。

一定の水準を超えると効果が頭打ちになることもあれば、他の組織課題と組み合わさることで、短期的にはコストや摩擦が生じる場合もあります。人的資本投資も同様です。教育研修費を増やせば、必ずすぐに利益率が上がるわけではありません。効果が出るまでに時間差がある場合もあれば、研修の質、配置、評価制度、マネジメントのあり方によって成果が大きく変わる場合もあります。

つまり、財務・非財務の関係性は、単純な「1対1」の直線ではなく、複数の要素が複雑に影響し合うネットワークに近いものです。


AI・機械学習モデルは、何を補完するのか

サステナブル・ラボの財務・非財務データ分析では、ビッグデータとAI・機械学習モデルを活用し、非財務指標と財務指標の関係性を分析します。

AI・機械学習は統計学とまったくの別物というわけではありません。機械学習は統計学を土台としながら、より大量のデータや複雑な関係性を扱うために発展してきた分析アプローチです。

統計モデルは、人間が仮説を立て、関係式を設計し、その妥当性を検証しやすいアプローチです。一方、AI・機械学習モデルは、より多くの変数や複雑なパターンを扱う際に、データ上の関係性を柔軟に捉えるための選択肢となります。

どちらか一方がどんな時も優れているということではありません。分析の目的、データ量、指標の性質、説明に求められる粒度に応じて、統計分析とAI・機械学習モデルを使い分けることが重要です。

たとえば、ある非財務指標が一定水準までは財務指標にプラスに働くが、それ以上は効果が弱まる。あるいは、単独では影響が小さい指標でも、別の指標と組み合わさることで大きな効果を持つ。こうした関係性は、単純な線形モデルでは捉えにくいものです。

AI・機械学習モデルを活用することで、以下のような分析が可能になります。
・非財務指標と財務指標の非線形な関係を捉える
・複数の非財務指標が組み合わさった影響を考慮する
・業界データと自社データを組み合わせて、分析の視点を広げる
・外れ値や特殊要因の影響を確認しながら、より頑健な示唆を得る
特定のKPIを改善した場合に、財務指標との関係性がどのように変化し得るかを試算し、施策優先度や経営仮説を検討する材料として活用する 

つまり、AI・機械学習モデルは、従来型の統計分析を否定するものではありません。むしろ、統計分析が切り拓いてきた「非財務を定量的に語る」という流れを踏まえつつ、分析目的やデータの性質に応じて組み合わせる選択肢の一つです。


重要なのは、モデルだけではなく「分析設計」である

AI・機械学習モデルを活用すれば、あらゆる企業の課題が自動的に解けるわけではありません。

財務・非財務データ分析で重要なのは、どの分析手法を使うかだけではなく、「何を明らかにしたいのか」「どの仮説を検証したいのか」「どのデータであれば検証可能なのか」を見極める分析設計です。

たとえば、クライアント企業が検証したい仮説によって、必要なデータや適切な分析手法は変わります。

「人的資本投資が利益率にどうつながるのか」を見たい場合と、「従業員エンゲージメントを高める要因は何か」を見たい場合では、扱うデータも、分析の粒度も、解釈の仕方も異なります。前者では財務データと非財務データを接続したモデル分析が重要になる一方、後者では従業員サーベイや人事データをもとに、設問間の関係性や背景要因を丁寧に読み解くことが重要になる場合もあります。

また、企業によっては、活用できるデータの量や質に制約があるケースもあります。サンプルサイズやデータの質、指標の定義が一定程度確保されている場合には、AI・機械学習モデルを活用することで、複数指標の関係性を柔軟に確認しやすくなる場合があります。 一方で、サンプル数が限られている場合や、データの構造上、機械学習モデルだけでは安定した示唆を得にくい場合には、記述統計、相関分析、因子分析、主成分分析、外部ベンチマークとの比較などを組み合わせながら、実務上意味のあるインサイトを抽出していくことも重要です。

サステナブル・ラボでは、AI・機械学習モデルを活用したデータ分析を主軸に据えつつも、分析を機械任せにするわけではありません。データサイエンティストの知見や過去の分析経験を踏まえ、クライアント企業が検証したい仮説や保有データの状況に合わせて、分析設計を行います。


高度なモデルを使うこと自体が目的ではありません。目的は、企業の意思決定や開示に活用できる示唆を得ることです。


そのためには、AI・機械学習モデルの活用に加えて、統計分析や探索的な分析、データの前処理、異常値の確認、解釈の妥当性検証などを組み合わせる必要があります。

財務・非財務データ分析においては、「どのモデルを使ったか」以上に、「経営課題に対して、どのような問いを立て、どのように検証したか」が重要なのです。

なお、こうした分析結果は、将来の財務成果を保証するものではありません。また、データ上確認された関係性が、そのまま因果関係を意味するわけでもありません。重要なのは、データ範囲や指標定義、サンプル数、業界特性、外れ値の影響などの限界を踏まえたうえで、経営仮説を検証・更新する材料として活用することです。


「ブラックボックス」にしないための説明可能性

AI・機械学習モデルに対しては、「なぜその結果になったのか分かりにくい」という懸念もあります。


財務・非財務データ分析は、単に予測精度が高ければよいわけではありません。経営判断や開示、投資家との対話に活用するためには、「どの指標が、どのように影響しているのか」を説明できることが重要です。

そこで重要になるのが、AI・機械学習モデルの分析結果を、人間が理解し、経営や開示の文脈で解釈できる形に整理することです。

そのためには、モデルの出力(分析結果)をそのまま結論として扱うのではなく、データの範囲、欠損や外れ値の有無、指標定義の妥当性、業界特性との整合性を確認する必要があります。加えて、データサイエンティストやサステナビリティ領域の専門家が、分析結果を経営課題や開示文脈に照らして解釈するプロセスが重要です。

サステナブル・ラボでは、AI・機械学習モデルの推論結果をそのまま提示するのではなく、どの非財務指標が財務指標と相対的に強い関係を持っているのか、その関係性がプラス方向に見られるのか、マイナス方向に見られるのか、指標の水準によって関係性がどのように変わる可能性があるのかを可視化・整理します。


たとえば、ある企業では、女性管理職比率、有給休暇取得率、従業員満足度、残業時間、研修時間などが、利益率や資本効率にどのように関係しているのかを確認できます。

その結果、「この非財務KPIと財務指標の間に一定の関係性が見られる」という示唆だけでなく、 「どの水準まで改善することが現実的か」「他の指標と組み合わせて見たときに、どの施策を優先すべきか」といった、より実務に近い議論が可能になります。

AI・機械学習モデルの価値は、単に複雑な計算を行うことではありません。複雑な関係性を、経営が理解し、判断し、説明できる形に翻訳することにあります。

 


財務・非財務データ分析の目的は、優劣を決めることではない

ここで改めて強調したいのは、従来型の統計分析とAI・機械学習モデルのどちらが優れているか、という単純な話ではないということです。
重回帰分析モデルには、構造が分かりやすく、説明しやすいという強みがあります。非財務情報と企業価値の関係性を定量的に語る道を開いた点でも、大きな意義があります。

一方で、財務・非財務の関係性が複雑化し、扱うデータ量や指標数が増えている現在、線形の関係式だけでは捉えきれないテーマも増えています。人的資本、ダイバーシティ、環境対応、サプライチェーン、人権、ガバナンスなどは、単独で財務指標と関係するというよりも、互いに関係し合いながら、時間差を伴って企業価値に影響し得ると考えられます。

だからこそ、統計分析の分かりやすさと、AI・機械学習モデルの柔軟性を使い分けることが重要です。

サステナブル・ラボの財務・非財務データ分析は、非財務情報を「開示するためのデータ」にとどめず、「経営に活かすためのデータ」として位置づけ直す取り組みです。

自社の非財務データと、業界全体の財務・非財務データを組み合わせ、どの指標が財務指標や企業価値と関係し得るのかを可視化する。 そして、分析結果をもとに、統合報告書や有価証券報告書で語る価値創造ストーリーを補強する。

財務・非財務データ分析の本質は、非財務施策の成果を無理に数字で証明することではありません。

どの取り組みが、どの財務指標とつながり得るのか。どのKPIを優先的に検討すべきなのか。 どのようなストーリーで投資家や従業員に説明すべきなのか。

その問いに対して、データを用いて仮説を立て、検証し、更新していくことにあります。

非財務情報は、もはや「開示して終わり」の情報ではありません。企業価値を高めるために、経営が活用すべき重要なデータです。

従来型の統計分析が切り拓いてきた道を踏まえながら、AI・機械学習モデルによって、より複雑で現実に近い財務・非財務のつながりを可視化する。

それが、これからの統合報告やサステナビリティ経営に求められる、データドリブンな価値創造ストーリーの出発点になるのではないでしょうか。

サステナブル・ラボでは、財務・非財務データ分析の導入に向けて、TERRASTに蓄積された上場企業の財務・非財務ビッグデータを活用しながら、分析テーマの設計、KPIと財務指標の接続整理、分析結果の解釈、統合報告書・IR資料への落とし込みまでを一気通貫で支援しています。

自社で保有している人的資本データ、サステナビリティデータ、従業員サーベイデータなどがある場合には、それらを棚卸ししたうえで、TERRASTの外部データと組み合わせた分析設計も可能です。一方で、社内データが十分に整備されていない段階でも、まずは公開情報やTERRASTのデータを用いた初期診断から検討を始めることができます。

「人的資本KPIを財務指標とどう接続すべきか分からない」「統合報告書の価値創造ストーリーをデータで補強したい」「自社データがどこまで分析に使えるのか確認したい」といった段階でも、統合報告書レビュー、KPI棚卸し、財務指標との接続整理、初期診断からご相談いただけます。


次回に向けて


ここまで見てきたように、財務・非財務データ分析は、単に「どの非財務指標が財務指標と相関しているか」を確認するだけの取り組みではありません。

重要なのは、分析結果をもとに、経営としてどのKPIを重視すべきか、どの施策を優先すべきか、そして統合報告書や投資家対話においてどのような価値創造ストーリーとして説明すべきかを考えることです。

特に、AI・機械学習モデルを活用することで、非財務指標と財務指標の関係性をより細かく可視化し、「どの指標が、どの程度、どの方向に影響している可能性があるのか」を具体的に検討しやすくなります。
では、こうした分析結果は、実際の統合報告書やサステナビリティ開示のなかで、どのように活用できるのでしょうか。

次回の記事では、財務・非財務データ分析を、統合報告書における価値創造ストーリーや人的資本・サステナビリティ開示にどのように落とし込むべきかについて、具体的な活用イメージを整理していきます。


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