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Case Study

シリーズ:非財務データを企業価値につなぐ
財務・非財務データ分析とは何か?
サステナビリティを企業価値につなげる開示アプローチ

サステナビリティを企業価値につなげる開示アプローチ

統合報告書、人的資本レポート、サステナビリティレポートなど、開示の充実が進むなかで、多くの上場企業が次の問いに直面しています。

  • 人的資本への投資は、どのように企業価値につながるのか。
  • サステナビリティやESGの取り組みは、売上成長率、営業利益率、ROIC、PBR、資本コストなどの財務・企業価値関連指標とどのように関係しているのか。
  • 統合報告書やIRの場で、非財務情報をどのように価値創造ストーリーとして説明すればよいのか。

これまで多くの企業は、サステナビリティの情報を「開示すること」に注力してきました。女性管理職比率、従業員エンゲージメント、研修時間、離職率、GHG排出量、取締役会構成など、開示される非財務指標の量は年々増えています。

しかし、開示情報が増えた一方で、次に問われているのは「その非財務情報が企業価値とどのようにつながっているのか」です。

投資家は、非財務KPIが並んでいる景色を見たいのではなく、それらが将来の成長性、収益性、資本効率、リスク低減にどのように関係しているのかを見ています。社内においても、人的資本施策やサステナビリティ施策の優先順位を、理念や感覚だけでなく、データに基づいて議論する必要性が高まっています。

こうした背景から注目されているのが、財務・非財務データ分析です。


財務・非財務データ分析とは

財務・非財務データ分析とは、人的資本、環境やガバナンスなどのサステナビリティ = 非財務データと、売上成長率、営業利益率、ROIC、ROE、PBR、資本コストなどの財務・企業価値関連指標との関係を分析し、企業価値向上につながり得る非財務指標やその経路を可視化する取り組みです。

財務・非財務データ分析の目的は、非財務情報を「開示するためのデータ」にとどめず、経営の意思決定や価値創造ストーリーに活用できる「経営のためのデータ」に変えていくことです。

たとえば、人的資本の領域では、次のような問いが考えられます。

「従業員エンゲージメントは、労働生産性や営業利益率と関係しているのか」
「女性管理職比率や多様な働き方に関する指標は、収益性や資本効率にどのような影響を持つ可能性があるのか」

「事業ポートフォリオの中で、どの業種において女性管理職比率が重要なドライバーとなり得るのか」
「離職率の低下は、株主資本コストに対してどのような意味を持ち得るのか」

環境・ガバナンスの領域でも同様です。

「GHG排出量やエネルギー効率は、コスト構造や資本の効率性とどう関係するのか」
「取締役会の構成やガバナンス体制は、資本市場からの評価にどう影響し得るのか」
「地域社会への取り組みやサプライチェーン管理は、中長期的な競争力にどのように結びつくのか」

こうした問いに対して、自社データや、開示データ(統合報告書・有価証券報告書など)、オルタナティブデータなどを組み合わせ、財務と非財務の関係性を探索していくのが、財務・非財務データ分析の基本的な考え方です。


なぜ今、財務・非財務データ分析が必要なのか

財務・非財務データ分析が求められる理由は、大きく3つあります。

1つ目は、投資家からの期待が変化していることです。

統合報告書やサステナビリティ開示では、取り組みを紹介するだけでなく、それが企業価値向上にどのようにつながるのかを説明することが求められています。人的資本やESGに関する活動が、将来の成長性、収益性、資本効率、資本コストの低減にどう関係しているのか。投資家は、そのつながりをより具体的に見ようとしています。

2つ目は、社内の意思決定に活用できることです。

人的資本やサステナビリティに関する施策は、重要性が高まる一方で、取り組むべきテーマが多岐にわたります。人材育成、エンゲージメント向上、D&I、働き方改革、健康経営、脱炭素、サプライチェーン、人権対応、ガバナンス強化など、すべてに同じリソースを投じることはできません。

だからこそ、どの非財務指標が自社の財務成果や企業価値と関係している可能性があるのかを把握し、施策の優先順位を議論することが重要になります。

また、こうした分析結果は、個別施策の優先順位付けにとどまらず、中期経営計画の策定やマテリアリティの見直しといった、より上位の経営テーマを検討する際にも活用されるケースがあります。自社の重要課題が、将来の成長性、収益性、資本効率、リスク低減にどのようにつながり得るのかをデータに基づいて確認することで、経営戦略とサステナビリティ戦略の接続をより具体的に議論しやすくなります。

3つ目は、従業員や社内関係者への説明力が高まることです。

人的資本施策やサステナビリティ施策は、社外への開示だけでなく、社内への浸透も重要です。従業員に対して、なぜエンゲージメント向上が重要なのか、なぜダイバーシティ推進に取り組むのか、なぜ働き方改革や人材育成に投資するのかを説明する際にも、財務・非財務のつながりを示すことは有効です。

「良いことだから取り組む」だけではなく、「企業の持続的な成長に必要だから取り組む」と説明できるようになることが、組織全体の納得感につながります。


どのようなデータを使うのか

財務・非財務データ分析では、複数の種類のデータを組み合わせます。
まず、財務データがあります。売上高、営業利益率、ROIC、ROE、ROA、PBR、TSR、WACC、投下資本回転率などが代表的です。これらは、企業の成長性、収益性、資本効率、市場評価を捉えるための指標です。

次に、人的資本データがあります。従業員数、採用者数、離職率、女性従業員比率、女性管理職比率、女性役員比率、研修時間、研修費用、エンゲージメントスコア、有給休暇取得率、残業時間などが含まれます。

さらに、サステナビリティ・ESG関連データも対象になります。GHG排出量、エネルギー使用量、再生可能エネルギー比率、廃棄物排出量、水使用量、取締役会の独立性、社外取締役比率、指名・報酬委員会の設置状況、地域社会活動費などです。

加えて、社内サーベイデータや自由記述コメントも重要な分析対象になります。従業員満足度、上司への信頼、成長実感、心理的安全性、会社へのロイヤルティ、仕事への誇り、キャリア形成に関する実感などは、人的資本の状態を把握するうえで有用なデータです。

実際の分析では、テーマに応じて数十社から数百社の比較対象企業群、いわゆるユニバースを構築し、その構成企業について、数年分の財務・非財務データを収集・整理します(分析対象や期間は、プロジェクトの目的や利用可能なデータに応じて設計します)。

データの収集にあたっては、サステナブル・ラボが保有する非財務データプラットフォーム「TERRAST(https://www.terrast.biz/)」から抽出したデータを活用するほか、クライアント企業が保有する内部データを組み合わせるケースもあります。たとえば、人事データ、従業員調査(エンゲージメントサーベイ)、研修実績、労働時間、離職率などです。

また、TERRASTのカバレッジ外にあるデータや、プロジェクト固有の分析に必要なデータについては、クライアント企業のご要望に応じて個別に収集・整備することもあります。

つまり、財務・非財務データ分析では、単に既存の公開データを眺めるだけではなく、自社データ、業界データ、外部データベース、個別収集データを組み合わせながら、自社の価値創造ストーリーに必要な分析基盤をつくっていくことが重要になります。


どのように分析するのか

財務・非財務データ分析では、目的やデータの状態に応じて複数の分析アプローチを組み合わせます。
まず、初期的な分析として、財務指標と非財務指標の関係性を把握します。たとえば、エンゲージメントに関する指標が高い企業ほど労働生産性が高い傾向にあるのか、女性管理職比率や多様な働き方に関する指標が収益性や資本効率とどのように関係しているのか、といった傾向を確認します。
そのうえで、AI・機械学習モデルを活用したデータ分析を行うことで、多数の財務・非財務指標を組み合わせ、目的変数となる財務指標や人的資本関連指標との関係性を分析します。
ここで重要なのは、単一の指標だけで財務成果を説明しようとしないことです。
企業価値は、事業モデル、市場環境、競争優位性、人的資本、資本効率、リスク管理、ガバナンスなど、さまざまな要素が複合的に作用して形成されます。そのため、財務・非財務データ分析では、複数の指標を組み合わせながら、どのような要素が相対的に重要な示唆を持ち得るのかを確認していきます。
分析結果は、専門的な図表のままでは、経営層や投資家に伝わりにくい場合があります。そこで重要になるのが、ロジックツリーや価値創造ストーリーへの整理です。
たとえば、「エンゲージメント向上」「人材定着」「労働生産性向上」「利益率改善」「企業価値向上」といったように、非財務指標と財務指標の関係を、経営として説明可能なストーリーに変換していきます。
財務・非財務データ分析は、分析結果を出すこと自体が目的ではありません。分析を通じて得られた示唆を、統合報告書や人的資本開示を含むIR、経営会議、人事施策立案、サステナビリティ戦略、重要指標の整理など、目的に応じて活用できる形に整理することが重要です。


従来型の統計分析との違い

財務・非財務データの関係性を分析する方法としては、重回帰分析などの統計モデルを用いるアプローチもあります。これらの手法は、特定の非財務指標と財務指標の関係を比較的シンプルに説明しやすいという利点があります。特に、ある指標が増減したときに目的となる財務指標がどのように変化する傾向にあるのかを、線形の関係として捉えやすい点に特徴があります。

ただし、企業価値に影響する要素は、人的資本、事業モデル、市場環境、資本効率、ガバナンス、リスク管理などが複合的に絡み合っており、単純な統計モデルではその関係性を捉えきれません。

そのため、財務・非財務データ分析では、特定の手法に依存するのではなく、テーマに応じて分析設計を行い、財務・非財務データ、企業内部データ、外部データベースを組み合わせながら、複数の分析アプローチを使い分けます。AI・機械学習モデルは、その選択肢の一つであり、複数の指標が組み合わさったときの影響や、一定の水準を超えた場合に関係性が変化するような非線形のパターンも含めて、より実態に近い関係性を探索できます。


分析結果は何に使えるのか

財務・非財務データ分析の結果は、さまざまな場面で活用できます。

まず、統合報告書での価値創造ストーリーの強化です。
統合報告書では、自社の強み、経営資本、事業戦略、サステナビリティ施策、財務成果を一貫したストーリーとして示すことが求められます。財務・非財務データ分析を行うことで、人的資本やサステナビリティ施策がどのように企業価値につながり得るのかを、データに基づいて説明しやすくなります。

次に、人的資本開示の高度化です。
人的資本開示では、女性管理職比率、男女賃金差異、男性育休取得率といった法定開示項目に加えて、自社が重視する人的資本KPIをどのように設定し、どのように経営戦略と結びつけるかが重要になります。財務・非財務データ分析は、人的資本KPIを単なる指標の羅列で終わらせず、経営上の意味を持つ指標として説明するために役立ちます。

また、サステナビリティ戦略の重点テーマ設定にも活用できます。
非財務領域には、多くのテーマがあります。すべてを同じ重みで扱うのではなく、自社の企業価値や財務成果と関係が深い可能性のあるテーマを把握することで、重点的に取り組むべき領域を議論しやすくなります。

さらに、IR面談や投資家説明においても活用できます。
投資家から「この人的資本施策は、どのように企業価値につながるのか」「このESG投資は、財務的にどのような意味があるのか」と問われた際に、分析結果をもとに説明できれば、開示内容の説得力は高まります。

社内では、経営会議、人事施策の見直し、管理職研修、組織開発、サステナビリティ委員会などで活用できます。分析結果をもとに、どの施策に注力すべきか、どのKPIを追うべきか、どの部門と連携すべきかを議論することができます。

出典:オムロン株式会社『統合レポート2023』P.99-100 https://www.omron.com/jp/ja/ir/irlib/pdfs/ar23j/OMRON_Integrated_Report_2023_jp_A4.pdf

注意すべき点:分析結果は「因果の断定」ではない

財務・非財務データ分析を活用するうえで、注意すべき点もあります。
それは、分析結果を過度に因果関係として断定しないことです。

たとえば、ある分析で「エンゲージメントスコアが高い企業ほど営業利益率が高い傾向がある」と確認されたとしても、それだけで「エンゲージメントを上げれば必ず営業利益率が上がる」と断定することはできません。

企業の財務成果には、事業モデル、市場環境、競争優位性、価格戦略、コスト構造、資本政策、マクロ経済など、さまざまな要因が影響します。非財務指標は重要な要素のひとつですが、それだけで財務成果が決まるわけではありません。

したがって、財務・非財務データ分析は、「正解を断定するもの」ではなく、「経営仮説を検証し、議論の質を高めるためのもの」と捉えることが重要です。

分析によって見えてきた関係性をもとに、なぜそのような結果が出たのか、事業特性やデータの定義などに鑑みて考え、どういった解釈が適切か、また今後どのような施策や追加分析が必要かを検討することが求められます。

財務・非財務データ分析の価値は、絶対的な答えを出すことではなく、むしろ、経営層、IR、サステナビリティ部門、人事部門、事業部門が共通のデータを見ながら、企業価値向上に向けた対話を深められる点にあります。


非財務情報を「開示のためのデータ」から「経営のためのデータ」へ

これからのサステナビリティ開示や人的資本開示では、非財務情報を単に開示するだけでは十分ではありません。
重要なのは、それらの非財務情報が、自社の経営戦略、競争優位性、財務成果、企業価値とどのようにつながっているのかを説明することです。
人的資本への投資は、どのような経路で生産性や収益性に結びつくのか。
ESG施策は、どのようにリスク低減や成長機会の獲得につながるのか。
サステナビリティの取り組みは、どのように中長期的な企業価値向上を支えるのか。
こうした問いに対して、データに基づいて向き合うためのアプローチが、財務・非財務データ分析です。
非財務情報は、もはや開示対応のためだけに集めるものではありません。企業価値向上に向けた経営判断、投資家との対話、従業員への説明、施策の優先順位付けに活用できる重要な経営データです。
統合報告書や人的資本開示を、単なる情報開示から、企業価値向上に向けたストーリーへと進化させるために、財務・非財務データ分析の重要性は今後さらに高まっていくと考えられます。
サステナブル・ラボでは、非財務データプラットフォーム「TERRAST」とAI・機械学習モデルを活用したデータ分析により、企業の財務・非財務データ分析を支援しています。人的資本、ESG、サステナビリティの取り組みを、統合報告書やIRで説明可能な価値創造ストーリーへとつなげたい企業は、まずは自社の開示データや社内データの棚卸しから始めてみてはいかがでしょうか。


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