サマリー
- フードテック市場は代替肉、パーソナルミール、調理ロボットを中心に急拡大が期待されている。ただ、フードテックへの投資は国内ではまだ遅れをとっている状況。
- 大手食品メーカーが独自のノウハウやベンチャーとの提携で新商品・技術を開発、積極的に展開。22年末に上場したベースフードが同市場を引き続き牽引できるかにも注目。
- 中小企業にとっては自社製品の差別化、業務効率化を図る好機会。政府も農林水産省を中心に本格的に補助金を拡大し、普及を促進する模様。
目次
1. フードテック、機能性食品/飲料とは
2. フードテック投資への日本企業の出遅れ
3. フードテック革命に乗り、中小企業の成功を切り拓く
4. フードテックに関する中小企業向けの補助金
1)フードテック、機能性食品/飲料とは
フードテックは、食糧不足や環境問題などの深刻な社会課題に立ち向かうための画期的な取り組みである。この領域では、最新のテクノロジーを駆使して食に関する問題を解決し、食の新たな可能性を切り拓いている。
フードテックは、「Food(食品)」と「Technology(技術)」を組み合わせた言葉であり、例えば代替肉や培養肉、昆虫食などの新たなタンパク源の開発や、スマート調理家電や調理ロボットなどの調理環境の整備、AIやIoTなどのデジタル技術による需要予測や在庫管理などがその具体例である。このような取り組みは、世界人口の増加や気候変動による食料不足、食品ロスや環境負荷の削減、多様化する食への対応など、私たちが直面する重要な課題に対処するために不可欠なものだ。そのため、フードテックは世界的に注目を浴びている分野と言える。
特に、フードテックの中でも機能食品・飲料が注目を集めている。これらは特定の成分や素材を含むことで、健康や美容に寄与する効果が期待できる食品・飲料のこと。例えば、コラーゲンやプロバイオティクスが含まれる商品等がある。機能食品・飲料は、健康志向やエイジングケアなどのニーズに応えるために開発され、市場規模も急速に拡大している。
以下は、フードテックの代表的な事例である。
- 代替肉:植物性の原料や細胞培養技術を使用して、動物性の肉に近い食感や味を再現した食品。環境負荷や動物福祉の観点からも注目されている。
- 完全食:必要な栄養素をバランスよく配合した食品で、一食分の栄養が摂取できるというコンセプトだ。忙しい人や健康管理に関心のある人に人気。日本では、ベースフードや日清食品などが製品を販売している。
- 調理ロボット:AIやロボティクス技術を活用して、調理を自動化するロボットのこと。人手不足やコスト削減の課題に対応するため、多くの注目を浴びている。
- アップサイクル:廃棄される食材や食品残渣を再利用して、新たな価値を生み出す取り組み。これにより、食品ロスの削減や資源循環に貢献することができる。
現状では、フードテックの範囲や定義はまだ明確にされていないため、新しい技術やビジネスモデルが次々と登場している。そのため、フードテック市場は今後さらなる拡大が期待されている。
フードテックは食糧不足や環境問題などの社会課題に取り組むための重要な分野であり、食料の需要と供給のバランスの回復や食品ロスの削減、環境負荷の軽減など、さまざまな貢献が期待されている。図表1では、フードテックが食品業界バリューチェーンの広範な領域において果たす役割が示されている。ビジネスパーソンとしては、フードテックの最新動向やビジネスチャンスに注目し、この急成長する領域に参入することが、業界の先端を走るための重要な戦略となるだろう。
図表1:食品業界のバリューチェーン:フードテックでは次世代食品、自動調理ロボット、および流通効率化による食品ロス削減に注目
出所:https://archetype.co.jp/trend-food/
図表2:フードテック市場のパーソナルミール、代替肉の規模予想(単位:億円)
出所:テックマジック、シードプランニングをベースにサスラボが作成
2)フードテック投資への日本企業の出遅れ
世界のフードテック分野への投資額は、2021年には前年比で約2.7倍の約3兆円に達し、大幅に増加している一方、日本のフードテック分野への投資額は、2021年には約600億円であり、アメリカの約2%に過ぎない。そのため、日本では、フードテックへの投資が出遅れていると言える。現状では、図表3の通り、フードテック業界を代表する企業は欧米が中心となっている。
図表3:フードテック注目企業
出所:日経新聞
まだ、日本のフードテックへの投資が少ない理由としては、①食品安全や規制などの課題が多く、ビジネス化に時間がかかるというリスク、②消費者のニーズや価値観に合わせたマーケティングや教育が必要であること、③農林水産業や食品産業といった既存の産業との連携や協調が重要であり、それらに対するインセンティブや仕組みが不十分であること、が挙げられる。
日本政府は、フードテック官民協議会を設置し、フードテックビジネス実証支援事業を実施することで、フードテックによる新たなビジネスモデルの創出を支援する体制を強化し、遅れを取り戻す努力を加速しはじめた。上記のリスク・課題を踏まえて、まだ参入ハードルが高い市場であるはあるものの、国内のベンチャーや中小企業がその流れに乗って成果を上げている。次からは、国内注目企業の事例をいくつか紹介する。
キューピー(2809):代替肉に加え卵やチーズの開発・販売も展開。2022年にサスティナビリティ方針を策定後、ESG推進が加速。
同社は、介護食やアレルギー対応など、幅広いニーズに対応できる商品を開発する体制を有し、直近では、代替肉や代替卵、代替チーズなどの植物性の代替食品を開発・販売するフードテックに注力。また、既存のオペレーションに新技術を積極的に取り入れ、AIを使った原料選別システムやグーグルの機械学習ライブラリ「TensorFlow」を利用するなど、最新技術を積極的に活用している。高い消費者信頼度や安定した食品供給力が同社の強み。2022年1月には新サスティナビリティ方針を策定し、2023年3月にはサステナブルな食の新ブランド「GREEN KEWPIE」をリリース。環境分野では食品残さをバイオガス発電に活用し、CO2排出量を年間約980トン削減するなど、ESG経営を積極的に推進。
日本ハム(2282):代替肉が海外展開をけん引するポテンシャル?代替魚肉にも取り組み、漁獲資源保護に積極的。
日本ハムは、食肉国内最大手としてのブランド力や流通力を持ち、植物肉や培養肉などの代替肉にも積極的に取り組んでおり、技術開発や協業で先行性を確保・代替肉として大豆ミートを使った商品を「ナチュミート」ブランドで開発・販売している。また、代替肉だけでなく代替魚肉にも取り組み、同社が初めて発売する代替魚肉商品において、特許申請中の技術を用いている。漁獲資源保護の観点から、漁獲量が少なく代替需要の高い魚介類を中心に、今後もアイテムの拡充や海外展開を進めていく方針。日本よりも大豆ミートなど植物性食品の市場が広がっている米国向けに、大豆ミートを調理・加工してつくった唐揚げなどを現地企業に販売している。代替肉の分野では、海外のスタートアップ企業や大手食品メーカーとの競争が激化している中、差別化や付加価値の創出に成功できるかが注目。
それ以外もフードテックでは、NTTデータグループと協力し、AI・IoTを活用して養豚をサポートするシステムを共同開発(カメラやセンサーで飼育データを収集)したり、食物アレルギー対応食品の専用工場を展開するなど、幅広い取り組みを実施。
図表4:代替肉分野における参入企業や商品の多様化
出所:Food Diversity
日清食品HD(2897):インスタントラーメンの技術を応用した環境や健康に配慮した商品化が強み。
カップヌードルなどの既存商品も、植物肉や植物ベースの素材を使って、環境や健康に配慮した改良を進めている。インスタントラーメンの技術を応用して、あらゆる食事メニューの完全栄養化に取り組む。最新の分子栄養学に基づいた「完全栄養食メニュー」の開発等を進めている。また、2022年1月には植物肉開発で業界をリードするスタートアップ「DAIZ」へ出資し、プラントベースの「カップヌードル」など、植物由来の原材料だけを使用した即席麺の開発や利用拡大を図る。2021年9月には調理ロボットを手がける「TechMagic」へ出資。栄養バランスの取れた食事の調理、食のパーソナライズサービスや調理の自動化・スマートキッチンを強化。
味の素(2802):「パーソナル栄養」など、がんや脳卒中、心筋梗塞の三大疾病のリスク低減につながるアミノ酸技術に注目。加えて、CVCを通して幅広くフードテックの事業化を開始。
調味料のトップ企業であり、アミノ酸技術に優位性がある。アミノ酸技術をベースにして、医薬品、飼料、電子材料の分野に事業領域を広げている。世界的にアミノ酸の需要が拡大して、代替食品や培養肉などの開発に活用できることが同社の強み。すでにアミノ酸の研究を生かした「パーソナル栄養」や革新的なビジネスモデルの構築にも取り組み、さらには事業化を迅速に進めるためにコーポレート・ベンチャー・キャピタルを導入。「Ajinomoto Group Accelerator」を通して調理ロボット事業、蚕を原料とした次世代食品「シルクフード」の開発、子供むけにカラフルなクッキー生地の開発など幅広い分野に手を伸ばしている。今後、フードテック企業との協業で新しいビジネスモデルを創出できるかが注目。
図表5:日清食品HD社および味の素社が出資したテックマジック社が展開する調理ロボット
出所:テックマジック
無印良品(7453):ブランドコンセプトに沿って、全サプライチェーンで環境問題や食糧難に対する意識を持って、持続可能な食料生産に貢献する商品を提供。
同社は、コロナ禍やSDGsの視点から注目を集めた商品として、「素材を生かしたカレー」や「手作りキット」などのレトルト食品やフリーズドライ、「コオロギせんべい」や「代替肉」などの新たなたんぱく源などを取り扱っている。コオロギ研究の第一人者である徳島大学発ベンチャーCEO 渡邉崇人博士と共に、コオロギを食材とするためのプロジェクトを始め、同社の原料特性を生かした商品開発や安心安全な商品製造などのノウハウを共有しながら、たんぱく質危機といった環境問題への取り組みが注目されている。また、同社はフードロス削減にも積極的であり、フードロス削減を目的とした商品開発にも注力。代表的な商品としては、「クラッシュフルーツチップ」と「クラッシュベジタブルチップ」がある。これらは製造過程で出る果物や野菜の端材を利用し、チップスとして販売している。また、養殖ぶりのフィレを作るときに出る中落ち部分を活用した「すけそうだらとぶりのソーセージ」もフードロス削減に貢献する商品だ。原材料の調達から消費者の販売まで持続可能なビジネスを築くことに力を入れいることが高く評価できる。
ベースフード(2936):完全栄養食の注目企業、足元は前年比+77%の売上成長率を達成。商品ラインナップ拡充によるさらなる成長に期待。
ベースフードは、1食で1日に必要な栄養素の1/3がすべて摂れる完全栄養食を提供する企業で、パン、パスタ、クッキーの3種類の商品を展開。コロナ禍で自宅で過ごす時間が増えたことで、栄養管理や健康意識が高まり、完全栄養食の需要が拡大。栄養バランスがよく、手軽に食べられる商品で、忙しい現代人のニーズに応えていることが、メディアやSNSで話題になり、認知度やファン層を広げている。ただ、価格が一般的なパンやパスタに比べて高く、商品ラインナップが限られており、今後の低コスト化や品揃えの拡大が注目。
図表6:ベースフードの四半期別売上高が順調に拡大し、完全栄養食市場をけん引
出所:ベースフードIR資料
3)フードテック革命に乗り、中小企業の成功を切り拓く
フードテック革命が世界を席巻する中、まさに今が、中小企業が輝くための絶好の機会だ。
・特に近年、toC向けの宅食市場では代替肉商品等の開発が進められているが、国内のレストラン市場ではビーガン、ベジタリアンの需要がありながら、ベジタリアンメニューが少ない等、まだまだ対応しきれていない現実がある。更に、発酵食品、米文化といった日本人の「和食」文化はベジタリアン市場を受け入れやすい文化であり、市場拡大の大きなポテンシャルを秘めている。
・先述した通り、フードテックの国内市場は海外に比較してまだまだ未成熟であり、巨大市場になる可能性を秘めているため、先行者利益を得られる可能性がある。
・日本人の繊細な味覚は「美味しい」を生み出せる。完全栄養食等、新進気鋭の食品は「美味しくない」というイメージもある。実際に、海外の代替肉や完全栄養食で美味しいと言えるものは少ない現状にあり、そういった意味でも海外市場もまだ未成熟かもしれない。日本人視点の「美味しい」を突き詰めれば、海外市場への進出も大いに可能だ。
中小企業においては、特にtoB向けの商品やテクノロジーの開発、営業等が、今後のビジネスチャンスに繋がるだろう。更に、日本国内には大規模なレストランチェーンが多く、大企業と提携することによって大きな収益となる可能性がある。
ただ、投資の制約、技術的な障壁、食の安全性、法律等の複雑な規制環境、変化し続ける消費者の嗜好、業界大手との競争など、中小企業がフードテック領域で直面する課題は多岐に渡る。しかし、中小企業ならではのレジリエンス、柔軟性、適応力によって、各課題を克服し、中長期的に大きな革新を起こすことも可能だ。
4)フードテックに関する中小企業向けの補助金
政府の本気度が高まる中、フードテック関連の補助金も用意されている。これまでにない規模の支援を受けながら、革新的な技術を事業化することが期待できる。
最新の補助金プログラムには、最大1億円の助成金が用意されており、国内食品産業に関わる法人が応募の対象となる。さらに、技術の普及や拡大を促進するために最大5000万円の補助金も支給される。
令和5年度には「新事業創出・食品産業課題解決調査・実証等事業のうちフードテックビジネス実証事業の公募について」を準備。「フードテック等を活用した技術の事業化のための実証を支援するとともに、実証した成果の横展開等を行うことで、多様な食の需要への対応、食に関する社会課題の解決及び食品産業の国際競争力の強化に資する新たなフードテックビジネスの創出を図る」という趣旨で、フードテック等を活用した技術開発及びその事業化に向けた実証を行うものには最大1億円を、技術等を他者が導入することにより、その普及・拡大を図るものに最大5000万円を国内食品産業に関連する事業を行っている法人に対して補助。
同補助金の評価ポイントは、① 技術的優位性及び革新性(技術的優位性及び革新性が高く、他社や他国と比較して優れているか)、② 市場性及び競争力(市場性が高く、需要やニーズが見込まれるか・競争力が高く、他社や他国と比較して優位性があるか)、③ 社会的貢献度及びSDGs達成度(社会的貢献度が高く、食品産業や食文化に与える影響が大きいか・SDGs達成度が高く、特定目標や指標に対して具体的な貢献が見込まれるか)、④ 経営的安定性及び信頼性(経営的安定性及び信頼性が高く、財務状況や信用情報等が良好であるか)などを上げている。
出所:https://www.maff.go.jp/j/supply/hozyo/kanbo/230314_014-1.html
図表7:フードテックを活用した新しいビジネスモデルの実証事業が補助金の対象
出所:https://www.komenet.jp/komenetmanager/wp-content/uploads/wellknown_21.pdf
また、令和4年度には調理ロボットの導入・活用に関しても「食品産業労働生産性向上技術導入実証事業」を実施。具体的にはAI、ロボット、IoT等を活用した食品の製造・品質管理等の自動化、リモート化技術、さらにはコロナ対策の更なる向上のための非接触型技術を実際の食品製造や飲食店等の現場にモデル的に導入・実証し、生産性向上を図る計画を対象としたこともある。今後も同様の補助金が拡大するかが注目。
図表8:食品業界の生産性向上も大きな課題として補助金の対象となる
出所:https://www.maff.go.jp/j/shokusan/sanki/soumu/attach/pdf/seisansei-33.pdf
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