日本企業におけるジェンダー・ダイバーシティが、その経済的・戦略的意義から注目を集めている。経済学者や戦略コンサルタント、ジェンダー・ダイバーシティ提唱者などの専門家は口を揃えて、ジェンダー・ダイバーシティが企業業績の様々な側面にプラスの影響を与える、と強調している。
しかしながら、先月末のニュースの見出しを飾ったのは、日本がWEFジェンダー・ギャップ・レポートで9つ順位を下げて125位となったことだ。
ジェンダー・ダイバーシティが、イノベーションや人材確保、より良い意思決定と問題解決能力による市場競争力の強化、従業員エンゲージメントや組織の評判など、様々な面で企業価値を高める可能性があるのは明白だ。しかし、ジェンダー・ダイバーシティを促進するためには、多様な価値観を受け入れる企業文化の醸成、政府の政策、社会の受け入れ姿勢が必要であり、ダイバーシティ・イニシアチブを日本企業特有の力関係や文化的背景、リーダーのコミットメントや組織の方針に合わせて調整しなければならない。特に、遅れをとっている素材メーカーや工業メーカーなどの製造業ではなおさらである。
図表:ほとんどの業界において、平均女性雇用率は、キャリア階層全体で30%に届かず。新入社員から中間管理職までの層で過半数を超えている金融業と通信サービス業が目立つ形に。
出所:TERRAST(企業開示資料、厚生労働省のデータより作成) 注:グラフは業種別(上場企業のみ)に見た女性雇用比率の平均値で、30%を基準として差異を示す
ジェンダー・ダイバーシティへの投資は、イノベーションの強化、業績の改善、人材確保、市場シェアの拡大、リスクの軽減など、様々な利益をもたらす。効果的なダイバーシティ&インクルージョン戦略を実施することは、多様化し進化するビジネス環境の中で企業が成功するために不可欠である。
ジェンダー・ダイバーシティに力を入れている企業では、業績でも同業他社を凌駕し、収益性と企業価値が向上するという調査結果が示されている。さらに、多様なリーダーを擁する組織では、意思決定能力やリスク管理能力の向上も示された。また、性別の多様化は優れた人材を集め、多様なスキルを持った人材を幅広く確保しておくことができる。これは従業員のエンゲージメント、生産性、満足度の向上につながり、離職率の低下や採用コストの削減に繋がる。
優れたビジネス戦略となるだけではなく、評判の向上や法的リスクの軽減にも役立つ。インクルージョンに重きを置く企業は、社会的責任へのコミットメントを示し、社会の期待に応えることで、顧客からの評判と信頼を高めることができる。
また、リーダーによるコミットメントは、ジェンダー・ダイバーシティを推進し、組織内に包括的な文化を醸成する上で重要な役割を果たす。リーダーが旗振りすることで、会社全体の方向性が定まり、ダイバーシティ&インクルージョンがその企業にとって中核的な価値観であるという明確な意思表示となる。
これには、ジェンダー・ダイバーシティ・イニシアチブを積極的に推進・支援する上で、測定可能な目標を設定し、進捗に対する責任を負うことも含まれている。リーダーには、様々な声に耳を傾け、それらを評価し、意思決定プロセスに組み込んでいく包括的な環境作りが求められる。さらに、性別に関係なく、すべての従業員にキャリア開発やステップアップのためのリソースと機会を提供しなければならない。多様な人材の成長を促し、次世代リーダーを育成するためのメンター制度や支援プログラムを確立するのもいいだろう。
すでにいくつかの日本企業では、組織内のジェンダー・ダイバーシティを推進することに注力しており、リーダーがコミットメントを示し、前向きな変化を推進するための様々な取り組みを実施している。アイシン精機、大塚ホールディングス、富士通がその代表例である。
アイシン: 大手自動車部品サプライヤーであるアイシンでは、多様性を尊重した企業文化醸成の取り組みが業界内外で高い評価を受けている。目標を設定するだけでなく、あえてチャレンジングな目標値を掲げることで、女性活用の推進に本気で取り組むようになった。その姿勢は業界内でも高く評価されており、他社にも大きな影響を与えている。加えて、透明性を重視し、情報の開示や投資家との対話の姿勢が評価され、女性活用の取り組みにおいても、外部のステークホルダーとの協力関係を築きながら推進している。具体的な取り組みとしては、女性活躍推進プロジェクト「きらりプロジェクト」を発足し、女性のキャリア開発や育児・介護との両立支援などを行っている。また、女性交流会やキャリアメンター制度なども実施し、女性のネットワーク構築や自己啓発を支援している。
一方、男性社員の育児参画にも力を入れており、「男性育休取得100%」を宣言するなど、男性が育児休暇を積極的に取得できる職場環境づくりを進めている。さらに、女性の採用比率を高めることにも注力している。事務職の女性新卒採用比率は35%、技術職の比率は20%(2022年4月入社者)となっており、2030年度の目標は事務職40%、技術職20%である。採用の段階から女性の活躍を意識し、適切なポジションへの配置することで、将来的な女性リーダーの育成を支援しているとのこと。
大塚ホールディングス: 世界的なヘルスケア企業の当社では、女性活躍推進の取組みが製品開発などの具体的成果に繋がっていること、および長きにわたって女性の活躍を推進してきたという実績、そしてトップのコミットメントが高く評価されている。具体的な取り組みとしては、まず、「女性のエンパワーメント原則(WEPs:Women’s Empowerment Principles)」に署名し、企業として女性活躍を推進していると表明していること。加えて、男性社員の育児休業取得率が100%(2022年度、大塚製薬)であり、イクボス企業同盟にも加盟しイクボスセミナーを実施するなど、男性の育児参画を促進する取り組みを積極的に行っている。さらに、短時間勤務制度や在宅勤務制度などを積極的に導入し、多様な働き方をサポートしている。
丸井グループ: 日本を代表する小売企業である丸井グループは、ジェンダー・ダイバーシティを積極的に推進し、女性活躍推進と経営戦略を結びつけ、イノベーションを起こしやすい風土の醸成を目指してる企業の好例である。女性活躍の重点指標として「女性イキイキ指数」を設定し、意識改革と風土づくり、女性の活躍推進の2本柱からなる目標を掲げている。また、経営戦略と女性活躍推進の関係を明確に示し、女性の意思決定層の割合を増やすことに注力している。2026年3月期の目標は、女性管理職比率20%、女性執行役員比率30%以上となっている。また、同社は2026年3月期の目標として、男性の産休取得率80%、育休1カ月以上取得率20%を掲げています。これにより、男性も育児に積極的に参画できる環境を整える計画だ。多様な働き方をサポートするため、短時間勤務制度や時間帯限定フルタイム勤務制度なども導入している。
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